社団法人シルバーサービス振興会資料より
【高齢者の生活・行動と心理】
●環境への不適応
高齢者はさまざまな機能低下によって、環境への対応が困難になることも多いものです。体力の低下やちょっとした温度の変化によって体調を崩してしまったり、老化に伴う病気やけがなどを引き金に介護が必要な状態に陥ったりします。
環境への適応の困難さは心理的な面にも影響を及ぼし、「やりたいのにできない」状況はストレスを抱えたり、やる気や気力を失ったりする原因となり得ます。
心理的不適応状態になり、意識的にも無意識的にもさまざまな対処行動をとり、心理的な安定を保とうとする働きをもっている「適応機制」あるいは「防御機制」と呼ばれる行動がみられることがあります。その行動を非難するだけではなく、その背景となっている心理的葛藤について理解することが大切です。
※適応機制の例
・自分の失敗を都合のいい理由をつけて正当化する。
・本来の目標が得られないときに、代わりのもので満足する。
・困難な状況が生じないように外部との接触を断ってしまう。
・泣いたりわめいたりして甘える、過度な依存的になる。
・かんしゃくを起こしたり、皮肉を言ったりする。
・本来は頼りたいのに強がったり、関心があるのに無関心を装ったりするような自分の思いと正反対の行動をとる。
●個別性の高さ
高齢者は、それまでの人生の長い期間にわたって、人によってまったく異なる生活経験をしてきています。その心理や行動はそれまでの経験を大きく影響を受けており、その結果、価値観や生活習慣の違いなど個別性の違いは若い世代に比べて大きいということを踏まえて理解しなければなりません。
したがって高齢者であるというだけで、皆が同じであるという先入観や思い込みをもって接することは不適切であります。
●喪失感の理解
老年期には、さまざまな心身機能の変化によって若い頃にはできていたことができないようになることも多くあります。さらに、子供の独立や職業からの引退といった社会関係の変化、死別という人間関係の喪失を経験することも多くなります。これらの変化によっては若い頃から長年続いてきたさまざまな生活パターンや人間関係からの変化を余儀なくされ、新しい仕事や趣味、人間関係などに適応していく必要に迫られる場合も多いのです。適応がうまくいっている時は良いのですが、つまづきがあると失った能力や社会関係に対する「喪失感」が生じる場合があります。大きな喪失感は抑うつや不安の原因ともなりやすく、また生活への気力を失わせる原因ともなります。失ったものに注意が過剰に向けられないためにも、周囲からも新しい環境への適応を応援していく姿勢が必要です。
●身体的な変化
加齢に伴って身体的機能が低下したり、抵抗力が低下したりすることによってさまざまな病気にかかりやすくなります。合併症等の余病を併発することも多いため、注意が必要です。疾病まで至らなくても、加齢による身体的機能の低下によって、疲れやすい、回復しにくいなどの変化が生じ、若い頃からの生活を変えていくといった生活上の適応が必要になります。しかし、過度に安静にしたり、何もしないでいることは、かえって身体的な機能低下につながることもあります。身体的機能の低下に応じた心身機能の向上や社会関係・生活上の活性化が有効な場合も多いです。
●運動機能の変化
高齢者は、筋力や骨の強度が低下しがちであり、また運動不足になりがちなことで運動機能が低下しがちです。そのために、外出する気力がなくなったり、社会的な交流が減ったりする場合があり、「閉じこもり」の原因ともなります。
一般的に、全体的な 運動速度が遅くなる傾向があります。そのため何かをしなければならないときに、急がされることはストレスを高める原因となります。時間を書ければできることも、時間内に結果が出せないことで無力感や羞恥心が生じて意欲を失うという場合もあるので、理解が必要です。
●感覚・知覚の変化
加齢に伴い、五感(視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚)の感度の低下が生じ、それに伴い理解力やコミュニケーションの低下が生じる場合があります。視覚や聴覚の機能低下によって生じる思いこみや誤解によるコミュニケーション上の問題は、周囲に対する猜疑心や孤立感の原因となりかねません。そのために社会的交流に消極的になったり、社会的孤立に陥ったりしている可能性があるので注意が必要です。
感覚の変化については、本人もそのことに明確には気づかなかったり、気づいても周囲に言わなかったりする場合もあります。周囲からもその様子や訴えをよく観察して、適切なコミュニケーションを図ることが求められます。
●知的機能・認知機能の変化
知的機能については、かつては老化によって著しく低下すると言われてきました。しかし、年代による教育環境の違いや知能を測定するための知能検査の内容を吟味した結果、老年期になって急激に知能が低下するわけではないことが明らかになってきました。例えば、過去の知能を活用する能力であり主に言語の理解などに関係する「結晶性知能」は、新しい場面に対応する能力であり主に図形の操作などに関係する「流動性知能」に比べて、加齢に伴って低下しないことが明らかになっています。
一般的には、高齢者は新しいことを学習したり、記憶したりすることは苦手であっても、それまでに学習してきたこと、経験してきたことを活かして理解、洞察する能力は維持されるか場合によっては高まっているといわれている。しかし、このことは思考や行動の保守性や頑固さが現れる原因ともなり得る。
知的活動についても、運動と同様に、何かを覚えたり、作業する際に全般的に時間がかかるのが特徴である。そのため、制限時間があるような作業や若い世代とともに何かをする際には、本来は時間をかければ自分でできることも、見かけ上できないと判断されていたり、自分でできないと思いこんだりする場合があるので、注意が必要です。
【高齢者の人間関係】
●老年期の社会的関係の変化
老年期は心身の変化だけでなく、社会的関係が変化する時期といえます。特に企業等で働いた場合には定年を迎え、仕事・職場中心だった人間関係が著しく縮小されます。そのため家庭外において社会的交流をもって生活していくためには、友人関係や地域における人間関係が必要になります。
老年期においては、それ以前の時期に比べて社会的関係の変化を経験する時期です。このような社会関係の変化に適応していくことが、いきいきとした老年期を送るためには不可欠です。人間関係の再構築がうまくいかない場合や表面上は相手と合わしていても心理的には不安が高まっている場合などには、不適応に対する対処として閉じこもりや攻撃などの行動が生じたり、不安感が高まったりする場合があります。
●家庭内における関係の変化
親や配偶者との死別、子どもの独立、孫の誕生・成長、子どもとの再同居などによって、家庭内の人間関係に変化が生じることも少なくありません。このような家族の構成の変化によって高齢者と家族の関係も再構築が必要な場合が多いのです。
老年期は死別を体験する時期でもあります。長寿化によって、親の死別も老年期になってから体験することが多くなっていますし、やがて配偶者との死別を経験します。特に後期高齢者になると、友人の死を経験することも多くなってきます。このような親しい人との死別は大きな喪失感の原因となりやすいです。
高齢者は、家庭における生活時間が長くなるため、家庭内の人間関係は高齢者の生活の質に対して、重要な影響力をもっています。
●老年期の役割変化と心理的影響
老年期の社会的関係の変化によって、高齢者の社会的な役割の変化が生じます。家族関係では、例えば親子関係は、子どもが親の言うことを聞いていたそれ以前の状況から、むしろ親が子供が言うことを聞かねばならない場面が増えます。社会的には、職業的な役割を喪失する場合も多いです。また、身体の虚弱化によって、家庭内でも社会的にも、役割が減っていく傾向があります。
どのような役割を果たすことに価値を感じるかということは、個人によって異なりますが、役割の変化を「役割の喪失」ととらえてしまうことによって心理的な喪失感を感じる場合があります。このような心理的な喪失感は意欲の低下、不安感の増大などの心理的な不適応を招く大きな要因となります。老年期に応じた役割の獲得ということが老年期の生活上の大きな課題の一つと考えられます。
【高齢者の家族の理解】
●家族機能の理解
家族とは、私たちにとって最初に社会的関係を形成する場であります。他の社会的関係とは異なり、主として情緒的な面で結合しており、他の社会的関係を構成する基本単位として位置づけられます。家庭外の多くの集団が利害関係や一定の目的をもって形成されており、その利害や目的がなくなれば集団が解散したり、成員が脱退したりするのに対して、家族は特に明確な目的をもった集団というわけではなく、情緒的な結びつきを基本としているために、乳幼児、高齢者、障害者など自立した生活が困難な成員も受け入れる集団であることが特徴であり、家族機能の特徴を示しています。しかし、一方で、家族関係を支える情緒的関係性はささいなことを原因として悪化する危険性をもっているともいえます。
●家族関係とは
家族の基本形は夫婦(親)とその子(兄弟姉妹)であり、家族関係は、夫婦関係、親子関係、兄弟姉妹関係といった家族の各成員同士の二者関係を基本としています。しかし、それぞれの関係は独立しているわけではなく、相互に影響しながら全体としての家族関係を構成していると考えるべきです。したがって、家族関係を考えるときには二者関係を留意しながらも、さらに他の家族との関係に注意しながら、家族関係の全体像を把握することが必要です。例えば、配偶者の「母」と「嫁」のいわゆる嫁姑関係(義理の親子関係)は夫と妻の夫婦関係、姑と息子の親子関係に影響を受けており、さらに嫁姑関係が家族関係全体にも影響を及ぼしています。
●家族機能の変化
高度経済成長によって、都市部を中心に核家族化が進み、農村部では過疎化・高齢化が進み、高齢者とその子供夫婦が同居する割合が減少しています。また、同居の場合でも経済的な生活単位を分割する場合や、生活空間を分けている場合も多くなっています。しかし、欧米諸国と比べれば、高齢者とその子供の同居率は高いです。また、都市部であっても、古い世代では旧来の家意識を重視する場合が多いのに対して、若い世代では個人的な生活を重視する場合が多いことによって、家族間の情緒的な結びつきの有りかたについても考え方に食い違いが生じ、家族関係の摩擦の原因の一つになっていると考えられます。
さまざまな生活の変化によって家族機能は変化しており、例えば従来は家族機能の一環であった保育や介護は社会化され、情緒的機能が重視されています。
●家族介護の理解
介護保険制度によって高齢者本人に対する自立支援のためにさまざまな介護サービスの充実が図られてきましたが、その利用によって家族の介護も軽減され、家族関係の本来的な結びつきである情緒的結合を維持・回復する効果を果たすことが望まれます。
要介護・要支援高齢者を抱えた家族は多かれ少なかれ、身体的・心理的な疲労感や負担感を感じており、家族の負担感を可能な限り低減させる方向づけが必要です。そのためには、家族の介護に対する意識や感情を理解することが重要です。高齢者が心理的不対応を生じやすいのと同じように、家族もまた「なんで自分が苦労しなければならないのか」といった葛藤を抱えて心理的不適応に陥りやすいものです。家族に「ここがいけない」「こうしなさい」といった否定的、支持的態度で接するのではなく、まずは家族の介護を評価する受容的・共感的態度で接することが必要な場合も多いのです。
【高齢者とのコミュニケーション】
●よいコミュニケーションとは
コミュニケーションは、考えたこと・思ったことなどを、何らかの手段によって、相互にメッセージとして交換することをいいます。一人の人が送り手にも受け手にもなることが特徴であり、よいコミュニケーションを行うためには、メッセージの送り手として自分の考えを正確に伝えることが大切であり、メッセージの受け手として送り手からのメッセージをなるべく正確に受け取ることが必要です。
このような、よく伝える、よく理解するための技術的な側面は、よいコミュニケーションにおいて重要な要素である。しかし、より重要なのは、コミュニケーションの本来の目的である「互いを理解し合おう」という意思を明確にすることである。そのためには、まず相手を尊重し理解しようという姿勢を明らかにし、その上で自分自身を理解してもらうために考えていることをきちんと伝えようという姿勢を示すことが大切です。
●理解しようとすることの重要性
コミュニケーションの方法というと、話し方など、送り手側の立場に注目して、どのようにメッセージを伝達するかという観点から考えがちであるが、実は受け手側として相手からさまざまなメッセージを読みとり、理解するかということがコミュニケーション場面に大きな影響を与えます。それは、コミュニケーションの過程のうち、「相手を理解する」という面にとどまりません。コミュニケーションの相手が、「自分が尊重されていない」とか「理解されていない」と感じていれば、こちらの言うことを理解しようとしないのは当然であり、「自分の考えを伝える」ためにも、相手を理解することは大切な要素です。
●コミュニケーションの種類
コミュニケーションは、手段によって、言語的コミュニケーションと非言語的コミュニケーションに大きく分けることができ、それぞれの伝達する内容に特徴がみられます。一般的には言語的コミュニケーションは情報を、非言語的コミュニケーションは感情を伝えやすいのです。対面的なコミュニケーションでは、両社が複合していることが多いです。高齢者とのコミュニケーションでは、言語的コミュニケーションはもちろん重要だが、特に非言語的コミュニケーションに含まれる感情的な内容が重要な役割を果たすことも多いのです。非言語的コミュニケーションとしては、顔の表情、視線、身体の動き、姿勢、対人距離、接触など関係しています。メッセージの送り手として、自分の態度をチェックすることが大切でありますし、また高齢者のこうした非言語的コミュニケーション情報を読みとり、理解できることも重要です。また、言語的コミュニケーションに付随するしゃべり方、口調、沈黙の長さなど音声的な特徴も感情的な内容を伝えることから、話す内容だけでなく、「話し方」についても留意することが必要です。
●理解しようとする姿勢(受け手としての姿勢)
→主観的な「こころ」の理解
コミュニケーションにおいて、送り手は考えていること・思っていることなどのその人の主観的な「こころ」の内容を伝えようとします。それに対する受け手は、送り手が思っている内容を100%すべてを正確に受け取ることはできません。
「こころ」は主観的なものであり、本人にしかわからない部分が必ずあります(実は本人にすらわからないこともあります)。また送り手は、自分の思いのすべてを明確に伝えようとするとは限りません(意識的に隠したり、言おうとしたけれど表現しきれなかったりすることがあります)。コミュニケーションにおいて、まず第一に重要なのは、他人のこころはすべてを正確に理解できないことを前提として、コミュニケーションを考えることです。「すべてわかった」つもりや「何でも理解している」という態度は、逆に相手にとって傲慢な印象を与えることもあります。しかし、すべてを理解することはできないのだから理解しなくてよいと考えたり、自分のことだけをわかって欲しいという態度をとったりするのではなく、少しでも多く相手のことを理解しようとする姿勢を示すことから、よいコミュニケーションは生まれます。
→受容と共感的理解
コミュニケーションにおいて、基本的な理解の姿勢として「受容」と「共感的理解」が重要である。受容とは、相手の立場や考え方を尊重し、自分の価値観で評価しないで受け止めるということです。高齢者は長い人生のなかでそれぞれの生活史に根差した価値観をつくってきています。それに対して受け手側の物差しで評価的な態度をとるのではなく、ありのままを聞く(傾聴する)という態度が必要です。
また、共感的理解とは、相手のことを自分のことのように感じながら、理解することです。相手の立場になって考えることで、受容的な態度で接することができます。相手の伝えようとしていることに対して、少し聞いただけで「すべてわかった」という態度をとるのではなく、理解しようとしている姿勢を示すことがコミュニケーションを円滑に行う上で必要です。
→傾聴する姿勢
相手のことを理解するためには、相手の言うことに耳を傾け、よく聞こうとする態度(傾聴)が必要です。これは、相手の発するメッセージをより正確に受信するためにも必要ですが、傾聴しようとする態度を示すことで、相手よりさまざまなメッセージを送ろうとしてくれます。
また、自分自身のことについて(自分の考えや態度、言いたいことなど)、自分ではわかっていないが相手からはわかることがあります。それは、自分について自分では気づいていない点なので、相手に聞いたり、非言語的情報から読みとったりすることによって知ることができます。そのためには相手の話に傾聴することが必要です。
自分が傾聴しているということを相手に伝えるためには非言語的コミュニケーションが重要であります。傾聴していれば、向かい合う姿勢をとる、話にうなずく、視線を合わせるなどの傾聴を示す態度をとっているし、そういう非言語的メッセージが相手に傾聴の姿勢を伝えます。
自分が他人の人と話をしている場面を想定して、相手がどのような態度をされたら話を真剣に聞いてくれていないと感じるかについて、考えてみまましょう。
●理解されようとする姿勢(送り手としての姿勢)
→自分のことをよく知ること
相手に自分のことを理解してもらおうとするためには、自分で自分のこと(自分の言いたいこと)をよく知ることが必要です。自分で相手に伝えたことをよく理解していなければ、当然相手にそれは伝わりにくい。また、人には長所も短所もあるのが当然ですし、両面について自分のことを客観的によく知っておくことが、相手に理解してもらうための出発点であります。
特に自分で自分について知ろうとする努力が必要なのは、自分は気づいていないが他人はわかっているということです。前述のとおり、それを知るためには相手の言うことに傾聴する姿勢が欠かせないし、それを謙虚に受け止める姿勢が必要です。
→相手に合わせた情報伝達方法
コミュニケーションにおいて相手に理解してもらうためには、自分の考えや思いをなるべく正確に相手に伝えることに配慮し、適切なコミュニケーション方法をとることが必要であります。そのためには、相手に応じたコミュニケーション方法を用いる必要があります。
高齢者とのコミュニケーションでは、一般的には感覚機能の低下や理解速度の低下といった老年期の特徴を理解し、それに対応したコミュニケーションの方法を選択することが必要です。言語的コミュニケーションだけでなく、非言語的な表情や身振りなどが重要な伝達手段となります。
しかし、これは一般的に考えられる効果的なコミュニケーション方法であり、実際には高齢者の心身の状況等は個別性が高いため、すべての人に共通して同じような方法が適用できるわけではないことも知っておく必要があります。
→高齢者を尊重する態度
高齢者に対して一般的に適用できる可能性が高いコミュニケーション法は前述したように、それがすべての高齢者に同じように通用するわけではございません。コミュニケーションの基本は個人を尊重し、その人に合わせたコミュニケーションを行うということです。
高齢者は、加齢による心身機能の低下、社会的関係の状況等の個人差が大きいものです。もちろん、若い世代と同じように、個々の性格などの違いがあることはいうまでもございません。高齢者ということで、すべてが「弱者で保護が必要」な対象とみなして同じようなコミュニケーション法をとることは高齢者の自尊心を傷つける場合もございます。
もちろん、どのようなコミュニケーションをとるかということはお互いの社会的関係の親密さによって異なります。しかし、高齢者であれば誰にでも、過度にゆっくり話したり、丁寧に話したりすることや、子どもに接するようにしたりすることは、高齢者の特性に配慮したつもりであっても、相手によっては自尊心を傷つけて、かえってコミュニケーションを妨げる場合があります。また、高齢者がこうした保護的なコミュニケーション法を喜ぶという意見もあるが、周囲の態度による社会的な役割期待によって、高齢者がその期待に応じた態度や行動をとるように作用しているという側面もあることを知っておく必要があります。
→高齢者とのコミュニケーションについてのヒント
以下のようなコミュニケーションの方法をどのように考えるだろうか。一般的によく見られるコミュニケーションの光景ですが、一人の独立した人格をもつ人間に対して、しかも人生の先輩に対してとる態度として適切なのか考えてみましょう。自分がこのようなコミュニケーションをとられたらどうなのか想像してみましょう。
・子供に話しかけるように幼児語を使ったり、○○ちゃんといった呼び方をしたりする。
・高齢者であれば、誰にでも、名前を呼ばないで「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ぶ。
・過度にゆっくり、はっきり、かんで含めるように話す。
・話がわからないと決めつけて、きちんと説明しない。
自尊心の尊重は、どのような相手についてもコミュニケーションをとるうえで基本的なものです。高齢者とのコミュニケーションについて、一人の人間とのコミュニケーションという観点でさいこうすべき点が多くあります。
【認知高齢者とのコミュニケーション】
●認知症の理解(中核症状の理解)
認知症の基本的な症状は脳の器質的変化による記憶の障害です。認知症による記憶障害は、体験の全部を忘れる、忘れたことについての自覚がない、程度が進行していくといった特徴があります。人間の生活にとって「記憶」とは非常に重要なもので、私たちが人間としてのさまざまな行動が可能なのは記憶のおかげであるといっても過言ではありません(例えば、家族や友人がわかる言葉を理解できる、自転車に乗る、料理ができるといったこともすべて記憶の働きによります)。そのために、認知症による記憶障害は、生活全般について困難を引き起こします。コミュニケーションの面でも、周囲からの配慮が必要になります。
認知症の種類によって、脳の器質的変化の進み方は異なり、症状の現れ方も異なります。しかし、基本的には記憶障害を中核としており、生活器具等の使い方がわからなくなったり、周囲の人がわからなくなったり、自分のいる場所や日時(見当識)がわからなくなったり、少し前にした行為に関してすっかり忘れてしまったりといった症状がみられます(中核症状)。しかし、非常に古い時期に覚えた記憶は比較的よく保たれているという場合も多く、さまざまな日常生活上の支障があるのに、若いときに覚えた歌や踊りや技術(着付けや料理など)を覚えていて正確に遂行できるという例も報告されています。
認知症高齢者とのコミュニケーションには、まずこのような中核的な症状の特徴を知ることが重要です。基本的には、記憶に負担をかけないように高齢者のペースに合わせることが必要です。例えば、前に起きた出来事や前に話したことなど、近い過去のことを話題にしても、覚えていないことが多く、コミュニケーションをとる上で記憶を混乱させない配慮と理解が必要です。
●環境の影響の理解(周辺症状の理解)
認知症高齢者によく見られる言動として、欠落した記憶を埋めるような妄想的な言動があります。妄想としては、財布を盗られたという「もの盗られ妄想」や食事を食べさせてくれていないという「被害妄想」など、それぞれの財布の置き場所や食事したことについての記憶が欠落していることに対して、辻褄を合わせるような妄想が多いのが特徴です。
認知症によるさまざまな行動は、記憶障害が中核になって引き起こされているものでありますが、不安感や不満感などの心理的要因に影響を受けて現れていると考えられる行動も少なくありません。認知症高齢者は、記憶の障害によって、焦燥感や不安感がたかくなっており、周囲の環境に対して非常に敏感であることを理解する必要があります。周囲の人とのコミュニケーションが不調で不安が高まると、それを回復するためにさまざまな行動を起こし、それが周囲にとっては問題となる行動となっている場合があります。このような行動を非難したり、押さえつけたりしてもかえって不安感を高める原因となり、不安感やストレスの原因を軽減させることが有効です。
認知症高齢者を理解するためには、認知症事態によって生じる基本的な症状と周囲の環境との関係によって生じている不適応な行動を分けて考える必要があります。
●認知症高齢者の主観の理解
人のこころは主観的世界であり、他者から完全に理解することはできないが、認知症高齢者の場合には主観的な感じ方が私たちと異なっている可能性が高いです。記憶が欠落することによって生じる世界への感じ方、その不安定な状態に対する不安やおそれといった主観的な状態を想像してみましょう。このような認知症高齢者の主観的世界を理解しようという姿勢がコミュニケーションをとる前提として必要です。自分の価値感を当てはめて、おかしいと考えたり、非難したりしてもコミュニケーションは進行しません。認知症高齢者に関する正確な知識に基づいて、理解して行こうという姿勢が不可欠です。
●疾病の理解と冷静な対応
認知症高齢者の態度や言動は、周囲の人をいらだたせたり、驚かせたりすることもあります。しかし、さまざまな行動が疾病によって生じていることを理解し、感情的に反応しないことが大切です。例えば、認知症高齢者が間違った言動をしても、自分の常識に当てはめて否定したり、怒ったりしても、認知症高齢者にはその正当性は理解できないことが多いものです。むしろ受容的な態度で接することが必要であり、うまくその場をおさめるように対処することが求められています。対応する側が感情的になっても、コミュニケーションはうまくいきません。冷静な理解のうえで、それでいて温かいコミュニケーションの態度をとることが有効である。
●非言語的情報の有効性
認知症高齢者とのコミュニケーションでは、感情の伝達が重要な意味を持ちます。コミュニケーションの情報伝達の機能の面では、忘れてしまうことも多いのですが、伝わった感情的な情報は記憶されていることもあります。そのため、言語的コミュニケーションの内容に加えて、それに伴う口調、話す速度などの音声的特徴の影響が大きい場合もあります。同様に非言語的情報も重要であり、表情、身振り、姿勢、場合によっては接触などのコミュニケーション方法に配慮することによって、安心感を高め、不安感を減らすことで、よりよいコミュニケーションがとれます。
●認知症高齢者とのコミュニケーションのヒント
まとめると、次のようなコミュニケーションの方法が考えれれます。もちろん、個別性を尊重することが大切であり、その人に合わせた理解が必要でありますが、それを考えるヒントにしてください。また、このようなコミュニケーション方法は、特に認知症高齢者に対して有効であると考えられますが、認知症でない高齢者とのコミュニケーションにも当てはまる部分が大きいです。
・言語的コミュニケーションに加え、非言語的コミュニケーションによる感情の伝達が重要
・声のトーンはあまり高くしないで、落ち着いた口調で
・急に言語的コミュニケーションを始めない。まずは対面し、視線をあわせてコミュニケーションの準備をしてから話す。
・話題は、過去の出来事ではなくて、今現在起きていることにする。
・何回も繰り返しの話を聞いてあげる。
・話の腰を折らない。折ってしまうとそこで話そうとしたことについて記憶が途切れてしまい、不満感を高める原因になる。
・楽しい気持ちを喚起させるような話をすることで、不安感が軽減する(特に不安げな表情や言動をしているときに)。